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7月, 2021の投稿を表示しています

ア・デイ・イン・ザ・ライフ

 携帯電話もインターネットもなかった頃の話である。   大学を出てすぐ、私はある田舎の中学校の期限付講師の職を得た。出たのは国文科だが、英語の授業を受け持った。鬱病で療養休暇に入った若い教諭の代わりだった。  楽しい日々だったが、終わりは突然やって来た。  忘年会の宴席で、私は教頭に声を掛けられた。そのまま廊下に出て、立ち話になった。 「や、山口くん」教頭は言った。彼は言いにくい話の時は吃音が出た。「じ、実は君には十二月いっぱいでうちを辞めてもらう」 「どういうことですか?」 「Fさんが復帰するんだ」鬱病で休んでいる教諭の名前を挙げて、教頭は言った。「こ、これは、き、決まったことなんだ」  どうしようもない。受け入れざるを得なかった。分かりました、とだけ言って私はその場を離れた。 「教頭に何を言われたの?」 席に戻ると、学年主任に訊かれた。私は教頭に言われたままを話した。 「何なの? ここで言うべき話じゃないでしょ」  私もそう思った。憤慨してくれた人がいただけありがたかった。  私はその晩、べろべろに酔っ払った。 週明けの朝、私は校長室に呼ばれた。校長は椅子に座ったままこう言った。 「教頭さんが言ったとおり、そういうことになったから」  それだけだった。私は一礼して校長室を出た。  さすがに気が引けたのだろう。二学期の終業式の日に離任式と送別会を開いてくれた。生徒から別れの言葉をもらい、送別会ではしたたかに飲んだ。  幸いなことに、夏に受けた県の教員採用試験で奇跡的に内定が出ていた。四月からの仕事は決まっている。降ってわいたように、三か月間の自由な時間ができたことになった。意外なことに退職金も出た。せっかくだから、何日か旅行に行くことにした。    正月明け、中学校の同窓会があった。隣の市の駅前にあるホテルが会場で、昼過ぎから行われた。私の中学校は全部で二クラス、七十人しか同級生はいない。そのうちの五十人近くが集まった。  幹事の挨拶、担任の先生からのお言葉、そして乾杯。型どおりに会は始まった。酒が回り出した頃、一人ずつ近況報告があり、私は仕事を辞めたこと、これから旅行をしようと思う、といったことを喋った。  円卓の隣はキヨミだった。同じ小学校に通った幼なじみである。皆の近況報

海を見に行く

 「海を見に行かないか」電話の向こうで さかな が言った。「海水浴というわけじゃない。サマーベッドに寝転がって海を見ながらビールを飲む。テントと寝袋も持って行くからそのまま泊まって翌朝帰って来ればいい」  それはいかにも魅力的なプランだった。ちょうど明日から夏季休暇を取っていたし、断る理由はない。 「そうか、じゃあ明日迎えに行くよ」 そう言って さかな は電話を切った。 僕は水割りを作ってもう一杯飲み、布団の中に入った。   深い眠りの奥で電話のベルが聞こえる。深海から水面へ浮き上がるように意識が覚醒する。時計を見ると午前二時。いつもの時間だ。電話のベルは鳴り続く。受話器を取らない限りベルは鳴り続ける。ベルはそう言っている。「おれの意志は固い」 すぐには体が動かない。ようやく手を伸ばして受話器を取る。三秒の沈黙。そして電話は切れる。ツーツーという音だけが耳に届く。僕は仕方なく受話器を置く。 深い闇の中に僕は置き去りにされる。冷たい憎悪が流れ込む。世界に憎悪が存在しているのは僕も分かる。でもそれが向かって来るのが、なぜ僕の方でなければならないんだ。   翌日、昼近くなって、 さかな が初代ホンダ・プレリュードに乗ってやって来た。ライトグリーンのボディーはピカピカに磨き上げられていた。狭い後部座席はキャンプ用品でいっぱいだ。僕も寝袋と組み立て式の簡易コンロを持って乗り込む。 海までは一時間ほどのドライブである。裏道を通っていくので、ほとんど混むことはない。 「けっこう海水浴客がいると思うけど、そんな所でキャンプができるのか?」 「とっておきの場所があるんだ。砂浜に近くまで車で行けて、しかもまず人は来ない。ゴールデンウィークに一人でキャンプをしたけど、人の姿は見なかった」  途中、国道に出て、観光客相手の土産物屋に寄って、ハマグリを買った。 「焼くのか?」と僕が訊くと、 「いや、水に入れて火にかけて茹でる。焼くより手間がいらない 。それにいい出汁がでるんだ」と さかな が答えた。  車は国道をそれて細い道に入る。小さな集落を抜けると小さな砂浜に出た。確かに人気はない。 青い空。白い雲。寄せては返す波。 エアポケットのように、ぽっかりと何事もなくその場所はあった。 「奇跡のような場所だな」

初期詩篇 二題

   やりきれない僕たちの終わりに   やさしい青春の終わりには、 強い酒の匂いと遠く青い海がよく似合う。   さびしい時代の終わりには、 小さな田舎の駅に降りる旅がよく似合う。   自分のために流す涙を、 僕は多くもちすぎたのかもしれない。   酒精に麻痺した頭のどこかで、僕は、 僕たちの終わりを予感した。   例えば、君が僕を愛していてくれていたとしても、 僕はこのひとつの結末に、 自分のために涙を流していただろう。   嵐のような一日の終わりには、 やさしい歌がききたい。   何の意味もないような やさしい歌がききたい。   僕がしたかった旅は、こんな旅でなく、 もっと何もない旅なのだ。   いつまでも、 いつまでも続くような秋の日に、 僕の青春はやさしく終わる。   それが本当か本当でないか、 僕自身も知らないことなのだ。      宿酔   哀しくもやさしい君の歌をききながら、 僕はひとり煙草に火をつける。   哀しい空をとべない僕は、 僕自身を撃つために弾丸をこめる。   遠いはずだった幸福の向こう側に、 もっと大きな不幸があって、 哀しい空をとべない僕は、 冷たい目をすることができない。   秋に胸をひらいた君と、 もはや冬しか見えない僕と、 一緒に駄目になっていくためには、 淋しさの二乗の速度で幸福を投げ上げなければならない。   くり返し、くり返し、苦渋の紙ひこうきを折りながら、 哀しい空に、うすっぺらい僕を乗せてとばす。   その行為は、ただ単に行為であって、 君はうれしそうにそれを見ている。

牛鬼

  女が机にうつ伏して居眠りをしている。 私はその女の横顔を見ていた。 窓から日差しが差し込んでいる。今日は小春日和で暖かい。 職場の人たちは各々立ち働いている。女だけが、そこで眠り続けている。こんこんと。そこだけ別の時間が流れているように。   私は女に追い詰められていた。 この数ヶ月というもの、私の自信は損なわれ、私の人間としての力は根こそぎ奪われていった。 どうしてこんなことになったのか、よくは分からない。   私はこの女の仕事上の上司である。 私はこの春、この職場に赴任してきた。女はここの古株のメンバーだった。女は、これまで仕えた上司が、いかに有能であったかを、繰り返し私に言った。 彼らの中には見事に栄達を果たした者もいれば、地位を得てはいないものの実力者として隠然と影響力を持つ者もいた。 女は職業人としての力があり、人脈があった。豊満な四肢と明朗な雰囲気を持っていた。人当たりの良さと押しの強さを持っていた。細やかな心配りと人を動かす影響力を持っていた。 女は、ある時は周到に、ある時は半ば強引に、職場を自分のペースに引き込んだ。 私も女を頼りにし、女の要望を最大限聞き容れながら仕事を進めた。女は自他ともにこの職場のエースと認められていたし、女と良好な関係を持たなければこの職場での円滑な仕事はできそうもなかった。   女は自らが有能な人間を見分ける判定ができると自認していた。自分に認められることは有能であることを意味していると女は固く信じ、またそれを私に繰り返し言った。女は職場の人間を判定し、それによって扱いを変えた。ある時は巧妙に、ある時はあからさまに。そしてその選択はある意味見事だった。女が攻撃する対象はいかにも無能に見えた。 いつの間にか私は女に認められなければ自分は無能であると、どこかで信じ込まされていた。   潮目が突然変わった。 女は私の能力に見切りをつけたらしい。心当たりが無くはなかった。何度か仕事の進め方で食い違いがあったのは事実だ。女は何より感性を重んじているようだったが、私はそれを形にするために筋道をつける必要があった。いずれにしても、私にとっては決定的なものではなく、お互い丁寧にやり取りをしていけば、問題なく物事は進んでいくはずだった。 しかし、女にとって

帰郷

  生家を訪れようと思い立った。  東京の私大を卒業する時、私は故郷に帰らなかった。そのまま東京で働き口を見つけ、鳥がつがいを作るように妻と一緒になり、所帯を持った。  故郷には、もう何年も帰っていない。妹が婿を取り、家を継いでいるはずだが、連絡を取り合うこともない。   何故そんな気になったのか、私にもよく分からない。ふとした思いつきだったのだろうが、次第にそれは果たさなければならない義務のように私に迫ってきた。  私は上司に言って、3日間の休暇をもらい、妻には出張が入ったと告げた。妻とではなく、私一人で行くべきだと、帰郷を迫る何者かが私に言うのだ。   私は3日分の旅の支度をして出かけた。上野駅から2時間ほど北上すると、Tという駅がある。そこからさらにバスで1時間かけて行った所に、私の生家はあった。  私がT駅に降り立ったのは、お昼近く。バスの時刻表を見ると、1時間ほど待たなくてはならない。  私は駅前にある蕎麦屋に入った。天ざるでビールを飲み、テレビのニュースをぼんやり眺めた。世界のどこかで戦争があり、日本のどこかで誰かが理不尽な殺され方をしていた。  そうこうしているうちにバスが来た。勘定を済ませ、バスに乗り込む。  バスに揺られながら、青々とした田圃に目を遣る。強い日差しが全てをくっきりとさせている。歩いている者は、ほとんどいない。  Mというバス停で、私はバスを降りる。  停留所には祖母がいた。背中を丸めた、ほんの一掴みしかないような小さな身体だ。  祖母は、「お帰り、みんな待ってる」と言う。  私は、誰にも言わずに帰ってきたはずなのにと不審に思ったが、祖母の口調には、そんな疑念を許さない調子があった。  祖母はすぐに私に背を向けて、先に立って歩き出す。  厳密に言えば、私と祖母に血の繋がりはない。祖母は、祖父の後妻としてこの家に嫁いできた。しかし、幼い頃、農作業で忙しい両親に代わって、私の面倒を見てくれたのは、この祖母なのだ。祖母は私を溺愛した。私が東京の大学に行くことが決まった時、祖母はぼろぼろと涙を流した。  家に着く。家は私が幼い頃過ごした、藁葺の2階建ての家である。  祖母は私を表の座敷に座らせると、奥へ引っ込んでいった。  家は静かだった。人の気配もしなかった。座敷の鴨居には、祖父と祖母の写真が並んで掛けてあった。  障子の影から、猫が顔を出