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完璧な9

    家に帰ると幽霊がいた。  どうして僕の部屋にいたのかは知らない。僕が、仕事を終えて帰った時、幽霊は当然のように部屋の隅に膝を抱えて座っていた。 「君は誰だ?どうしてここにいるんだ?」と僕が声を掛けると、彼はびっくりした顔でこう言った。 「君には僕が見えるのか?」 「見える」  見える。確かに見える。しかし、どこか影は薄い。何だか向こうが透けて見えるような感じだった。 「たまにいるらしいんだよなあ、こういう人が」やれやれといった感じで幽霊は言った。そして、自分から幽霊だ、と言った。「生きているうちは名前もあったけど、今は必要ないよね、だけど、正真正銘の幽霊さ」 「それがどうして僕の部屋にいるんだ?」 「習慣なんだ。やっぱり誰かがそばにいると落ち着くんだよ。気に入った部屋で過ごし、飽きたらまた別の部屋へ行く」 「女の部屋の方がいいだろう?」 「初めはそうだったさ。でも、かえって駄目だ。ちっとも落ち着かない」 「でも、それはフェアじゃないな。君は相手が見える。相手は君が見えない。君は相手を逐一観察できるが、相手はそれに気づかない。どう見てもフェアじゃない」 「悪かった」幽霊はがっかりして言った。「出て行くよ」 「その必要はない」僕は言った。「幽霊と同居できるなんて、めったにない機会だ。それに、この場合は対等だよ。僕は君が見えるし、話も出来る。好きなだけいていいよ」 「ありがたい」幽霊はほっとしたように言った。「実は死んでからこっち、人と喋ったことがない。どうやら僕は霊感がないみたいで、幽霊仲間もいないんだ」 「ただ、同居するにはひとつ条件がある」 「何だ?」幽霊はちょっと身構えた。 「取り憑いたりしないでくれ」 「大丈夫さ」幽霊は笑って言った。「恨みがあって出てきた訳じゃない。僕はただ漂っているだけさ」  幽霊は趣味の悪い茶色のセーターに、グレーのズボンという出で立ちだった。何でも、死んだ時に身に付けていたものだという。 「君も気をつけた方がいい」幽霊が不満そうに言った。「死んだら着替えが出来ない。いつ死んでもいいように、納得のいく服装をしていた方がいい」  幽霊の話によると、彼は一九七〇年代の初頭に交通事故で死んだ。友達の運転するコロナに乗って江ノ島へ行く途中、トラックと正面衝突