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ガール

Ⅰ   とびきり素敵な女の子の話をしようか。 きっと君のクラスにもいただろう。負けず嫌いで、頑張りやで、クラス委員の選挙の時には、必ず一票入れてしまいたくなるような女の子だ。 彼女と出会った頃、僕は大学に籍を置いていたものの、ほとんど学校にも行かず、工業都市の路地裏の、古臭い四畳半のアパートで、未来の印税生活者を夢見ていた。 友人達は、もう卒業して各々の職に就いていた。僕だけが、誰も訪れる者のいないアパートで、夜毎飲んだくれていた。両親や世間に対する負い目もなくはなかったが、僕はその頃、日本の伝統的私小説にいかれていたので、むしろそんなものは僕の生活を荒れる方向へと駆り立てるだけだった。 僕は誰も信じなかったし、いつ死んでもいいと思っていた。今考えると馬鹿みたいな話だが、そう思わないと一人前の芸術家にはなれないと思っていたのだ。(だからといって、僕はあの頃が不幸だったとは言わない。あの頃、僕はまだ小心な教務主任の下で働いていなかったし、僕の住んでいた工業都市は、プロ野球のチームのフランチャイズだったのだから)   さて、その女の子のことだ。 ここでは、Kという名前を与えておこう。どのみち名前は記号に過ぎない。ならばシンプルな方がいい。 さて、Kのことだ。 彼女のことを一言で言うなら(もちろん無理を承知の話だが)、「晩秋のチチカカ湖」だ。 それだけか、と言われると僕も困る。もちろん、僕にとってKは美しかったし、魅力的だった。当たり前だ。僕は彼女を愛したのだ。しかし、彼女の魅力をいちいち並べ立てるより、「晩秋のチチカカ湖」を想像して欲しい。Kの美しさは、まさにああなのだ。   とにかく、Kは僕の前に現れた。そして僕は一遍で彼女にいかれてしまったのだ。   Kが僕のアパートに、初めて来た時のことを話そう。 彼女は、たっぷり時間をかけて部屋の掃除をした。前にも書いた通り、当時僕は日本の伝統的私小説家に憧れていたので、部屋は荒れ放題だった。 Kの手際は鮮やかだったし、指示は的確だった。僕はみるみる変貌する自分の部屋を信じられない気持ちで見つめるだけだった。 部屋の掃除が終わると、Kは僕を買い物に連れ出した。僕は歩いて 10 分の所にある商店街に案内した。彼女はそこの雑貨屋で、レギュラーコーヒーを淹れる